コンセプト
今まさに現代に蘇る戦国武将
今からおよそ四〇〇年前。豊臣秀吉の亡き後、群雄割拠の混乱した時代。歴史を彩り、戦国の世を駆け抜けた偉大な武将らが、ここ山形県に存在していた。
そして今甦る、やまがた愛の武将隊。山形県の魅力と文化を存分に伝えようぞ!
長谷堂城の合戦
慶長五年(西暦1600年)
豊臣秀吉亡き後、徳川家康を総大将とする東軍と、毛利輝元を総大将とし石田三成を中心とする西軍との戦い『関ヶ原の合戦』が始まった。
そしてここ山形でも東西を分ける「慶長出羽合戦」と呼ばれるもう一つの関ヶ原『長谷堂城の合戦』という激しい戦いが繰り広げられた。
[画像:最上義光歴史記念館所蔵 長谷堂合戦図屏風(はせどうかっせんずびょうぶ)]
関ヶ原の戦いのきっかけ「直江状」
慶長五年2月、越後領主だった掘秀治が当時政権を握ろうとしていた五大老筆頭の徳川家康に、上杉景勝が会津で武備を整えて謀叛を企んでいると訴えでた。家康は兼続の旧友、西笑承兌に「謀叛の噂が流れている」として早期の上洛を勧める手紙を書かせ、景勝の重臣・直江兼続宛てに送った。
しかし、兼続はその書状に対し上洛を拒絶する返書(直江状)を送り、家康の怒りをかったとされる。その直江状が関ヶ原の戦いのきっかけともなったといわれる。
東軍<最上・伊達軍>
東軍には山形藩初代藩主、最上義光[写真:中]が先頭にたち、義光の懐刀として厚い信任を受ける氏家守棟[写真:右]らが上杉軍と激しく戦った。
また、最上義光の甥であり、米沢で生まれ育った伊達家十七代目当主仙台藩初代藩主、伊達政宗[写真:左]が同じ東軍として参戦していた。
西軍<上杉軍>
西軍には軍神上杉謙信の義の魂を受け継いだ、上杉家二代目当主米沢藩初代藩主上杉景勝[写真:前左]を中心に、戦国時代屈指の智将、直江兼続[写真:前右]。兼続の盟友で天下御免の傾奇者、前田慶次[写真:左]。 謙信公から仕える上杉の剛の者、水原親憲[写真:右]らが活躍していた。
出陣・おもてなし内容
イベント
山形県全域の公式観光PR隊として、本県及び各市町村が関連する県内外~海外のイベントに出演。
地域の魅力と歴史を、「演武」と呼ばれるパフォーマンスとトークで発信します。
おまつり・催し
地元企業や地域団体が主催する「おまつり」や、各種イベントに出演。
ご来場者とのふれあいを通した「おもてなし」で、懇親会や結婚式を盛り上げます。
海外交流
海外からお越しのお客様を、港や空港でお出迎え。
その他、県内を巡るツアーや地域歓迎イベントに出演しています。
各種メディア出演
バラエティー番組~情報番組などの各放送局のテレビ・ラジオに出演。
山形の歴史観光の魅力をお伝えします。
主催イベント
毎年、夏期・冬期に全国からPR団体を招致し、全国的な観光イベントを行っています。
その他、観光地でのおもてなし、季節行事やバスツアーを開催しています。
武将隊イベント
歴史・文化・食など、全国で総合観光PRを展開する、各地の「武将隊」が主催・開催するイベントへの出演。
東北から九州まで、武将が活躍した各地で行われる祭典を共に盛り上げます。
教育文化活動
修学旅行・学習発表会・文化祭・特別授業での出演や講義講習を行うなど、次代を担う子ども達との歴史交流を行います。
また、各障碍者支援団体との共同事業の他、地域を支える新社会人を対象とした研修会へ出演しています。