武将紹介

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上杉軍

上杉景勝
無口なれど観光PRは黙ってはおれぬ!

姓名:上杉 景勝
官位:越後守 ~えちごのかみ~
生地:越後魚沼上田庄
生年:弘治元年11月27日
得意なもてなし:怖がっていただく事

◆略歴
上杉謙信公の養子に入り、影虎との家督争い「御館の乱」を制し上杉家第二代当主となる。
豊臣政権下では五大老に名を連ねる。
会津を経て、関ヶ原合戦以後米沢に入り初代米沢藩主となる。
直江兼続

覧古考新を己が信条と致し候

姓名:直江 兼続
官位:山城守 ~やましろのかみ~
生地:越後上田庄
生年:永禄3年5月12日
得意なもてなし:作文

◆略歴
幼少期より上杉謙信と実姉の仙桃院に才を見出され、幼き景勝の近習として近侍した。
後に直江家を相続して以降も上杉の宰相として内政・外交など、ほぼ全ての取次を担う筆頭家老となった。
徳川家康の会津征伐に端を発する慶長出羽合戦では、上杉方総大将として最上義光・伊達政宗らと戦い、戦後は上杉家の存続と米沢藩の発展に尽力し、現在の米沢市の基盤を作ったとされる。
大国実頼
山形の旅をより楽しんで頂けるよう、皆に物見遊山を紹介いたすぞ!
・・・ん、兄者?

姓名:大国 実頼
官位:但馬守 ~たじまのかみ~
生地:越後魚沼上田庄
生年:永禄5年(1562)
得意なもてなし:パンフレット配布

◆略歴
直江兼続の実弟。兄と共に景勝に仕え、御館の乱でも武功を挙げた。
豊臣秀吉の聚楽第完成の際は、上杉家の使者を務め、名字を小国から”大国”へと改める。
以降は上杉家の外交役を務めた他、会津では兄と共に神指城の普請を行った。
しかし、関ヶ原の戦い以後は上杉家に反発し出奔する。兄の死を機に川西町、小松に戻る。
前田慶次

我が心のままに風流を愛でる…
これが粋というものよ!

姓名:前田 利益
通称:慶次、慶次郎
生地:尾張
生年:不明
得意なもてなし:食味遊山

◆略歴
尾張国・荒子城主前田利久の養子となる。加賀百万石を築いた前田利家は義叔父。
文武両道に優れ、自由奔放で破天荒な振る舞いが、豊臣秀吉からも認められた天下御免の傾奇者。
養父利久の死後前田家を出奔、その後友であった直江兼続と兼続の主である上杉景勝を慕い上杉家に仕官する。
晩年は米沢市堂森の地にて花鳥風月を愛でながら過ごした。

最上軍

最上義光
日本一のさくらんぼと東北一の山形城址を世界へ!

姓名:最上 義光
官位:出羽守 ~でわのかみ~
生地:出羽山形(山形城)
生年:天文15年1月1日
得意なもてなし:前時代的駄洒落

◆略歴
清和源氏の流れをくむ最上家11代当主。
慶長出羽合戦・長谷堂城戦での功により出羽山形57万石を拝領、初代山形藩主となり、現在の山形県の礎を築いた。
楯岡光直

ワシの元気なもてなしで、皆を幸せにしてやる!
オッシャー!・・・あっ、兄上ー!!

姓名:楯岡 光直
官位:甲斐守 ~かいのかみ~
生地:出羽山形
生年:永禄2年 or 永禄8年
得意なもてなし:元気いっぱい!

◆略歴
最上義光の弟。山形に生まれる。
慶長出羽合戦、長谷堂城での戦いの際は700人の鉄砲隊を率いて活躍した。その後、楯岡城1万六千石の城主となるが、最上家改易後、九州小倉藩、細川家にお預けとなった。
現在では出羽の国崩しという、大筒をもって元気に暴れ回っている。
全国弟の会会長。

伊達軍

伊達政宗

各地の儂巡りを致すが宜しかろう。

姓名:伊達 政宗
官位:陸奥守 ~むつのかみ~
生地:出羽国米沢城
生年:永禄10年8月3日
得意なもてなし:詳細は小十郎に問うがよい。

◆略歴
伊達家16代当主・伊達輝宗と義姫(最上義光の妹)の嫡男として、出羽国米沢城に生まれる。
幼少期に患った疱瘡(天然痘)により隻眼になるも、18歳で家督を相続し伊達家17代目当主となる。
陸奥国守護と奥州平定を掲げ、各地で転戦を繰り返し25歳までを米沢で過ごした。
金十字架や白装束など“伊達者”としての逸話には枚挙に遑がない。

忍び

奉行
とにかくやれることは、全てやる!
…つもりで頑張るよ。

姓名:奉行
官位:不明
生地:不明
生年:不明
得意なもてなし:さくらんぼ体操

◆略歴
やまがた愛の武将隊に古くから仕える「忍衆」の棟梁。
情報収集に暗躍する。
現世での主な作業は、デスクワーク。
狭霧
楽しいことは皆で一緒に!
野生の生き物たちに逢えるのもお勧めです。
(`・ω・)b

姓名:狭霧
官位:不明
生地:不明
生年:不明
得意なもてなし:食べる!

◆略歴
出羽山形の大自然を師と仰ぎ、自らを育んだ当地の魅力を広めるため、やまがた愛の武将隊の忍として“からくり操作”から“力仕事”に至るまで日夜奮闘中。